書籍フロアでは、画家で作家の瀬尾夏美さんによる初の単著『あわいゆくころ 陸前高田、震災後を生きる』(晶文社)の刊行を記念した原画展を開催中です。
今月初旬に刊行された『あわいゆくころ』は、2011年3月11日に起こった東日本大震災を機に、友人の映像作家である小森はるかさんと東北の町々にボランティアとして通い、やがて陸前高田に移り住み、2015年に仙台に居を移したのちも、陸前高田に通いながら現地の人々との対話や作品制作を続けてきた瀬尾夏美さんによるおよそ七年間の日々の記録です。
大切な人々や生活の場所、生まれ育った風景を失い、なおその地で生きる人々の個別の経験や記憶、海水によって多くが流し去ってしまわれた地にそれでもめぐる四季、生まれ育てなおされる生活の秩序、亡くなった人々を弔うための技術…。直後には誰もが感じ、共有したはずの大きな時間の断絶のあとに、その地に刻々と流れていた知られざる時間とそこから立ちあがってくる微細な変化。通い、滞在する日々のなかでそれらを丁寧に書きとめた瀬尾さんの言葉と記録は、「震災」から「復興」へと滑らかに速やかに移行してゆくわけではない、行きつ戻りつの「あわい」の時間を描きとめています。
また本書には、震災後のまちを歩き、人々の語りに耳を傾けながら、その地にやがて訪れる未来の時間を描いた絵物語も収録されています。復興にともなう大規模な嵩上げにより、ひとつのまちの時間が途切れ、新たなまちが上書きされていく。急速な時間の変化の中にあって、「かつてのまち」と「あたらしいまち」の間にある繋がりや連続性が失われてしまわないように、そこで起きた/起きていることを忘れながら忘れないように、口承文化や民話の形式にヒントを得て、紡がれるそれぞれの物語。場所や人を違えても、その種がどこかで芽吹くよう、抽象的でやわらかな語りをともなったそのテキストは、作家が人々や風景と交わり、着想を得ながら描いたペインティングやドローイング作品とともに展開されています。
ぜひその言葉と実作に、実際に店頭で触れてみていただければと思います。
震災後の移り変わりとそこで交わされた言葉の数々から、風景と人々の関係性を、写真とテキストで描き出した『花の寝床』、『あわいゆくころ』に収められたふたつの絵物語「みぎわの箱庭」「飛来の眼には」と同じく、重なるふたつのまちに細い梯子をかけるような民話的な語りと絵画の作品群を収録した『二重のまち』。今回の原画展に合わせて、『あわいゆくころ』刊行以前にまとめられた2冊のZINEもお取り扱いしています。
今回の展示で瀬尾さんよりお借りした作品には、『二重のまち』に収められたドローイングも数点含まれています。ぜひ店頭で実際に冊子を手に取りながら作品をご覧になっていただければと思います。
さらに、『あわいゆくころ』のカバー画にも採用されている、羽ばたく鳥の視点から描かれたまちが印象的な作品《あのまちはここにある》をあしらった素敵なクリアファイルもあわせて瀬尾さんよりお送りいただいています。こちらもぜひ店頭で手に取ってみていただければ。
書店での展示は3月11日までですが、期間中の3月3日には当店コテージにて、瀬尾夏美さんと本書の編集を担当されたエディター、櫻井拓さんをお招きしてのトークイベントも開催されます。本書の企画のはじまりや制作の裏側、陸前高田での日々を振り返る一夜。ぜひ奮ってご参加ください。
(昼)まちかどフランス語「書店編」@恵文社 / (夜)瀬尾夏美著『あわいゆくころ──陸前高田、震災後を生きる』出版記念トークイベント in京都|COTTAGE|体験を共有する、新しい「場」のカタチ
また、3月初旬より書籍フロアのフェアテーブルにて、瀬尾夏美さん選書によるブックフェアも開催予定です。他者の語りに耳を傾けること、土地に流れた時間と記憶を思うこと、言葉や物語として語り受け継ぐこと、それを本という形あるものにすること。瀬尾さんが制作の過程や本書をまとめあげていくなかで手にした本の数々を実際にご覧いただける機会となります。こちらもぜひお楽しみに。
その制作を実際に目にし(原画展)、その裏側を語る言葉を聴き(トークイベント)、活動や制作のなかでアーティストが手にしてきた様々な書籍に触れる(ブックフェア)ことで、日記・絵物語・エッセイという異なる形式を包み込んだ『あわいゆくころ』という一冊の本が、どのように生まれたのか、どこに繋がっていくのかを立体的に感じ取っていただければ幸いです。
瀬尾夏美『あわいゆくころ 陸前高田、震災後を生きる』(晶文社) 刊行記念原画展
2019年2月19日-3月11日
恵文社一乗寺店 書籍フロアにて
(涌上)