恵文社一乗寺店 スタッフブログ

恵文社一乗寺店の入荷商品やイベントスケジュール、その他の情報をスタッフが発信いたします。

イベントレポート:数学ブックトーク in 京都 2018 早春

もうすっかり春です。冬眠していた脳みそもゆっくり目を覚まし、好奇心を刺激するような出来事を探しています。気になっていた本を読む、新しいことを習う、なんにせよ何かをはじめるには良い季節です。今回は3月11日に開催された「数学ブックトーク in 京都 2018 早春」の様子を、どんなイベントなのか気になっていたという方に宛ててご紹介します。

 

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注目の書き手であり、独立研究者の森田真生さんによるトークライブ「数学ブックトーク」。当店のイベントスペース〈COTTAGE〉が開業した4年前より、3ヶ月に一度の周期で開催されている毎回人気のイベントです。イベント自体の魅力を伝えるにはまず、森田真生という人を紹介する必要があります。

 

森田さんは【独立研究者】という肩書きの通り、どこの研究機関にも属さず、数学を中心に自身の研究や一般読者に宛てたライブを開催している、なかなか類をみない立ち位置にいる人物です。立ち位置を決めていないと言ったほうが正確かもしれません。いきなり小林秀雄賞を獲得したデビュー作『数学する身体』(新潮社)刊行時、森田さんはまだ30歳。今や、あらゆる場でその寄稿を目にする重要な書き手です。

 

「数学ブックトーク」についてのお問い合わせのなかで一番多いのは「数学が苦手でも大丈夫ですか?」というもの。たしかに文系の者にとって数学、数字はある種恐怖の対象でもあります(私もそうです)。ただ、森田さんが扱う話題は必ずしも数学だけに留まらず、あらゆる思想や概念にまたがっていて規定しきれるものではありません。「数学ブックトーク」では、数学の歴史や考え方を紹介しながら、哲学や教育、人工知能にまで、その回ごとにあらゆる方面へ話は及びます。数学だけをテーマにしているわけではありませんので、何か新しいことを知りたいという気持ちさえあれば、数学を得意としない方でも安心してお楽しみいただけます。

 

森田さんが数冊の本を挙げ、紹介するというのが「数学ブックトーク」の大筋です。数学を専門としない限り触れる機会もないような学術的な本から、気軽に読めるような文庫本までその選書の幅も多岐にわたります。今回のブックトークで選ばれた本は次の5冊。ちなみに数学の本が選ばれなかったのは今回が初めてです。

 

『街場の教育論』内田樹(ミシマ社)

『ソクラテスの弁明』プラトン(光文社)

『哲学の誕生 ソクラテスとは何者か』納富信留(筑摩書房)

『生命・人間・経済学』宇沢弘文 渡辺格(日本経済新聞出版社)

『道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ』フランソワ・ジュリアン(講談社)

 

ソクラテスが裁判にかけられた話から、大学の起源、教育の場の変化など、教育を主だったテーマに展開されていく毎回のことながら刺激的な時間でした。なお、次回当店での「数学ブックトーク」は6月の開催を予定しています。それまでに『数学する身体』は文庫化されるそうです。これを機に森田さんが紹介する奥ゆかしい数学の世界へ足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

 

(鎌田)

『酒井駒子 原画展 / 恵文社一乗寺店サイン会』ご案内

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この度、原画展に合わせて酒井駒子さんサイン会を恵文社一乗寺店 コテージにて開催いたします。関西では久々のサイン会、この機会にぜひご参加くださいませ。
 
<酒井駒子さんサイン会>
[日時]2018年4月15日(日)14:00開始
[会場]恵文社一乗寺店 コテージ
[定員]150名(要整理番号券)
 
サイン会ご参加には事前に「整理番号引換券」と「整理番号券」が必要となります。必ず下記詳細をご確認ください。
 
▼整理番号引換券の配布について
<配布期間(店舗により異なります)>
・恵文社バンビオ店:2018年3月9日(金)9:30 - 3月18日(日)21:00まで
・恵文社一乗寺店:2018年3月20日(火)10:00 - 4月15日(日)14:00まで
(※書店のレジにて配布いたします。)
※整理番号引換券の配布状況によっては、上限枚数に達し次第、早めに配布を終了させていただく可能性がございますのでご了承くださいませ。(2018/3/21追記)
 
<ご注意>
・各店舗、上記の配布期間で、酒井駒子さん著書をご購入いただいた方に整理番号引換券をお渡しします。
・「整理番号引換券」のみではサイン会参加はできません。必ずサイン会当日「整理番号券」とお引換えをお願いいたします。(当日先着順に番号を発行いたします。)
・当日までに整理番号引換券を紛失された場合は無効となりますのでご注意ください。
・サイン会当日に遠方からご来店予定の方で、書籍お取置きおよび当日サイン会参加ご希望の場合は、一乗寺店(電話:075-711-5919)までお問合せください。(特装版、サイン本についてはお取置きは不可となります。ご了承ください。)
 
▼整理番号券の引換について
<引換日時>
2018年4月15日(日)10:00 - 14:00(配布場所:恵文社一乗寺店 コテージ)
 
<ご注意>
・当日先着順に番号を発行いたします。(引換券裏面に記載されている番号はサイン会参加の整理番号とは関係ありません)
・ご参加はお一人様につき一冊までとさせていただきます。
・サイン会開始後、番号順にご案内いたします。番号によってはお待たせする場合もございますので、当日のアナウンスにご注意願います。
 
▼展示会開催日程
恵文社バンビオ店(長岡京):2018年3月3日(土)9:30 - 3月18日(日)21:00
恵文社一乗寺店(左京区):2018年3月20日(火)10:00 - 4月15日(日)18:00(通常21:00まで/最終日のみ18:00まで)
 
酒井駒子「森のノート」原画展詳細は こちら
 
 

「山の標本」「WATERCOLORS」 展示会

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現在、生活館ミニギャラリーでは、小林且典さんの作品集『山の標本』『Watercolors』の刊行を記念した、展示会を開催しています。作品集『山の標本』は、同タイトルのブロンズ作品を、黒とシルバーのインクで印刷したもの。蛇腹状の本作を広げた様子は、まるで地平に連なる山々を目にするようです。本書の美しい印刷を手掛けたのは、国内屈指の印刷技術を誇る、山田写真製版所。日本グラフィック界の巨匠、田中一光らとも仕事を行ってきた熊倉桂三さんをプリンティングディレクターに迎え制作されました。テクスチャーの隅々まで拾い上げた再現性の高さ、ブロンズの重量や冷たさまでも伝えるようなインクの艶。見る者を惹き込む、深い魅力を湛えています。会場壁面に掲げられているポスターは、本書制作の際の、裁断前の刷り見本。それぞれの形が凛と並ぶ姿が美しい1枚です。
間近にご覧いただけるまたとない機会です。皆様のご来場をお待ちしております。

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「山の標本」「WATERCOLORS」-2冊の本の関連展示-
3月3日-3月16日
恵分社一乗寺店生活館ミニギャラリー

 

(田川)

2018年2月書籍売上ランキング

2018年2月書籍売上ランキング

 

1位『CHEESE BAKE』ムラヨシマサユキ(主婦と生活社)

2位『MONKEY vol.14 絵が大事』柴田元幸編(スイッチ・パブリッシング)

3位『落としもの』横田創(書肆汽水域)

4位『Spectator vol.41 つげ義春』(エディトリアル・デパートメント)

5位『そのまま食べる作りおき』ベターホーム協会(ベターホーム出版局)

6位『星空の谷川俊太郎質問箱』谷川俊太郎(ほぼ日)

7位『二匹目の金魚』panpanya(白泉社)

8位『家でたのしむ手焙煎コーヒーの基本』中川ワニ(リトル・モア)

9位『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗(光文社)

10位『観察の練習』菅俊一(NUMABOOKS)

 

1位『CHEESE BAKE』ムラヨシマサユキ(主婦と生活社)

料理研究家ムラヨシマサユキさんのレシピブック。

2/4にはワークショップを開催しました。

www.keibunsha-books.com

 

2位『MONKEY vol.14 絵が大事』柴田元幸編(スイッチ・パブリッシング)

おなじみ。翻訳家柴田元幸責任編集文芸誌。

2/18には柴田さん、藤井光さんのトークショーを開催しました。

www.keibunsha-books.com

 

3位『落としもの』横田創(書肆汽水域)

個人出版社から刊行された横田創という作家の短篇集。

剥き出しの心や怒り。読者の内側へ沁み込む作品群。

www.keibunsha-books.com

 

4位『Spectator vol.41 つげ義春』(エディトリアル・デパートメント)

いつからかメディアへの露出をしなくなった寡黙な漫画家を探す旅。

作品再録や年譜、ファン必見の一冊。

www.keibunsha-books.com

 

5位『そのまま食べる作りおき』ベターホーム協会(ベターホーム出版局)

地道に店頭で売れている便利なレシピ本。現代人のたのもしい味方。

 

6位『星空の谷川俊太郎質問箱』谷川俊太郎(ほぼ日)

86歳を迎えた詩人への質問とその回答。人気シリーズ久しぶりの新刊。

 

7位『二匹目の金魚』panpanya(白泉社)

気鋭の漫画家の最新短篇集。夢の中にいるような、浮遊感が心地よい。

 

8位『家でたのしむ手焙煎コーヒーの基本』中川ワニ(リトル・モア)

意外と手軽な手焙煎のすすめ。写真:長野陽一 アートディレクション:有山達也。中川ワニさんの音楽エッセイ集『中川ワニ ジャズブック』も仕入れました。

www.keibunsha-books.com

 

9位『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗(光文社)

美学の専門家が視覚障害を持つ人々へ行ったインタビュー集。

美術、知覚、当店ではあらゆる棚にまたがりながら大定番の一冊に。

 

10位『観察の練習』菅俊一(NUMABOOKS)

映像作家菅俊一さん初の単著。日常に生まれる「小さな違和感」を形にした一冊。

横に並べる本でこの本の印象もがらりと変わります。

www.keibunsha-books.com

日常茶飯 展/川瀬智子 瀧本あゆみ 垣内彩希

ギャラリーアンフェールでは、3人の陶芸作家による展示「日常茶飯 展」を開催中です。

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今回出展されている、垣内彩希さん、川瀬智子さん、瀧本あゆみさんは共に京都精華大学で陶芸を学ばれています。今回は「食卓を彩る器」を共通テーマに制作された三者三様の作品が並びます。

 

垣内彩希さんの作品。

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垣内さんは、普段は花器を制作されることが多いそうで、なるほど、お花のようにいつもよりちょっと美しく盛り付けたくなるシンプルで美しい造形の器が揃いました。淡いブルーとホワイトのコントラストが目を引きます。

 

川瀬智子さんの作品。

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川瀬さんは、土の質感が心地よく手に伝わってくる素朴な佇まいの印象。一つ一つ表情がちがう淡い色合いがとても美しく、手にとると心がほころぶような優しさを湛えています。この器だから何を盛り付けようかと考えるのが楽しくなりそう。

 

瀧本あゆみさんの作品。

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瀧本さんは「加飾すること」をコンセプトに制作されています。一つ一つ丁寧に手を加えられ、どこか民藝陶器のような素朴で凛とした美しさが際立ちます。食べ終わった後も器を眺めていたくなるような小さな楽しみをもたらしてくれそう。

 

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それぞれの作家さんの作品に、お料理を盛り付けた写真も展示されています。一つ一つの器に合わせて作られたとっても美味しそうなお料理は、京都・円町にお店をかまえる「食堂souffle」さんの提供。撮影、ディレクションは、同じく京都精華大学に通い自らも陶芸作家として活躍されている野田ジャスミンさんによるもの。自分の食卓風景を想像して、ついお腹の虫が動き出します。

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三人それぞれに食卓を思い描いて制作された、日々の食卓で使いたい器。どんな器でも食事はできるけれど、お気に入りの器で食べるごはんは、作ること食べることにわくわくしたり、食べる所作がちょっと美しくなったり、そしてより美味しくなる気がします。ぜひお家の食卓を思い浮かべながら、食器棚の仲間探しをお楽しみくださいませ。ご来場をこころよりお待ちしております。


日常茶飯 展/川瀬智子 瀧本あゆみ 垣内彩希
開催期間:2018年2月27日(火)-3月5日(月)
開催時間:10:00-21:00(最終日は18:00まで)
開催場所:ギャラリーアンフェール

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今展覧会では、陶食器の三人展を行います。

日々の食卓には、人それぞれの形があります。それらを作りあげる料理やうつわ、その食卓を囲む人々は所代わり違う姿を持っています。うつわには様々はデザインがあり組み合わせはいろいろ。デザインの異なる食器を用いてお盆に乗せるのは昔からの日本の食事文化でもあります。作家3名の異なるデザインの食器から、新しい食卓の仲間を見つけにいらして下さい。

京都精華大学素材表現学科陶芸コース
川瀬智子 瀧本あゆみ 垣内彩希

 

(上田)

酒井駒子「森のノート」原画展

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ようやく春めいてまいりました。小川の水の流れる音も軽やかに、野草たちが元気いっぱいに葉っぱを広げて、春光を喜んでいます。この良き日に、恵文社バンビオ店と一乗寺店の巡回展という形で、絵本作家・酒井駒子さんの原画展を開催する事となりました。

酒井駒子 原画展
長岡京・恵文社バンビオ店 3月3日(桃の節句)より18日(日曜日)まで
左京区・恵文社一乗寺店 3月20日(火曜日)より4月15日(日曜日)まで

今回は、昨年筑摩書房さんより刊行されました画文集「森のノート」の原画を展示いたします。先生が気に入っておられる原画をメインに、お選びいただきました。こちらはダンボールの下地に描かれている貴重な作品。ぜひご覧くださいませ。

先生が普段愛用されている画材も展示。また、筑摩書房より冊子「ちくま」36号を今回特別に貸出していただきましたので、あわせてご鑑賞いただけます。

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数に限りはございますが、サイン本と、シールと赤いブックバンド付きの特製本もご用意いただきました。サイン本は申し訳ございませんが今回お越しいただいたお客様にのみ、お一人1冊とさせていただきます。どうかご容赦くださいませ。

また酒井駒子さんの素敵なイラストの絵葉書と、ピンバッジも販売の予定でございます。バンビオ店はゆったり鑑賞されたい方にお勧めの展示、一乗寺店は桜の一番良い季節に開催予定でございます。先生のこれまでの絵本や挿絵の本もたくさん揃えて、ご来店をお待ちしております。

 

(星山)

イベントレポート:柴田元幸 藤井光「死者たち」

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2月18日(日)に開催した朗読とトークのセッション『柴田元幸×藤井光「死者たち」』のイベントレポート。

 

翻訳家・柴田元幸と藤井光。アメリカ文学に関心を持つ日本の読者にとって、まさしくドリームマッチといえる組み合わせとなった今回のセッション。意外にも対談という形でのイベントはこれまでに数えるほどしかされてこなかったそうです。あらゆる国の、あらゆる作品に登場してきた数多の死者たち、アメリカ文学のこれまでと現在、話はあちこちに飛びながら、文学における「死」というものを掘り下げていく刺激的な内容でした。早々に札止めとなったこともあり、今回スタッフのレポートという形で少しだけイベントの様子をご紹介します。リスニングをもとに書き起こしているため、作品名等、正確ではない項目がありますがどうかご容赦ください。

 

第一部は朗読。

 

藤井光:「The Red Badge of Courage」/ スティーヴン・クレイン

南北戦争。敗走を覚悟した若い兵士が逃亡した森の中で出会った兵士の亡骸。

 

柴田元幸:「食卓の幽霊たち」/ シリ・ハストヴェット

シャルダンの静物画。そこに居た人とそこを去った人。静物画はフランス語で“死んだ植物”という言葉で表される。なお、シリはポール・オースターの妻。

 

藤井光:「歌う女たち」/レベッカ・マカーイ

ハンガリー系アメリカ人作家。ナチスによる弾圧と故郷の歌。寓話化することへの作者の逡巡。

 

藤井光:「イスカンダルの鏡」/カニシュク・タルーア

インド系アメリカ人作家。アレキサンダー大王が遠征で探した命の泉。ホームの喪失。

 

第二部は、今回朗読された作品を中心に進む文学談義。後半は、本イベントでお二人に課題図書のように提示された『死体展覧会』に話が及びます。藤井さんが翻訳を手掛けた『死体展覧会』は、イラク出身の作家、ハサン・ブラーシムが直面した〈非情〉〈暴力〉〈死〉を血なまぐさく表現した作品です。全編を通じて、柴田さんが藤井さんに質問を投げかける場面が多かったような印象があります。

 

ここにあがった作家名からもわかるように、藤井光という翻訳家が紹介する作家の特徴は現住するアメリカと別の国に、故郷、言い換えればホーム、ルーツを持っていることだといえます。語弊を覚悟していえば、「移民系」とジャンル分けされることもある人々。ここ数年では、新潮クレストブック、白水エクスリブリスシリーズでも毎月のように、アメリカ以外にルーツを持ったアメリカ人作家の作品が翻訳されていることからもうかがえるように、文学において、かつてのアメリカ像はなりを潜め、無国籍、ノーボーダーともいえる空気が出来上がっています。藤井さんはこの潮流を、著作『ターミナルから荒地へ』のなかで、空港がどこの国に行っても似た造りをしていることになぞらえ、〈ターミナル化〉と表現されていました。

 

ただ、その作家たちがルーツを全面に出した自分語り的な作品を書いているかといえばそうではなく、自己を、あるいは同じルーツを持つ人間を他者化した、あくまで隣人としてのスタンスをとる作品が多くみられます。「韓国系の作家ポール・ユーンは著作のなかで、チェジュ島のことを書いているが、本人はその島に訪れたことがない。」という具体例も。アメリカとそれ以外のどこかにある故郷という、二項対立的な伝統移民文学の構図は終わりを告げ、抽象化されていくホームの概念。グローバリズムによって融解していく壁は、文学、映画、音楽など、芸術の分野にも当然の如く作用しています。

 

そして、話はテーマでもある「死」へ。9・11の前後でアメリカの文学は大きく変わったとお二人は言います。小説を書く上でどうしてもついてまわり、これをどう扱うかはアメリカの作家にとって無視できない要素。正面から向き合う必然性は?文学は引き受けざるを得ないのか?クレインの時代から現在まで、時と場所を行き来しながら、アメリカ文学に長く向き合ってきたお二人による意見が交換されます。なかでも印象深かったのは、柴田さんの「弔う感覚はブラーシムの作品にあるか」の問いに対して、藤井さんが答えた「弔うことで終わらせてしまう、区切りをつけてしまうことを避けている感覚がある」という言葉。「死」を寓話化することへの逡巡。リアリズム、当事者性。戦争のメタフィクション化。戦争や震災、あらゆる「死」への文学の立ち位置として、何か新しい解釈を提示されたような、この一言が今回の対談の回答だと私は思いました。

 

長くなりましたが、いかがでしたでしょうか。もちろん、今回ここに書いたことはほんの一部です。同じアメリカ文学を専門としながら、対照的な二人の翻訳家。そう遠くない未来に、このタッグによるイベントを開催することを夢見て。

 

(鎌田)