恵文社一乗寺店 スタッフブログ

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書店内『文芸翻訳入門』フェアのご案内

店頭フェアのご案内。

 

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私自身刊行の案内を受けてからずっと待ちわびていました。藤井光編、『文芸翻訳入門 言葉を紡ぎ直す人たち、世界を紡ぎ直す言葉たち』(フィルムアート社)。

 

いきなり話が逸れますが、日本翻訳大賞というものをご存知でしょうか?西崎憲、柴田元幸、岸本佐知子、金原瑞人、松永美穂らが発起人、選考委員となって生まれた文学賞です。作家、一般の読者関係なくその年に出版された翻訳本を推薦することができる開けた試みで、これまでに選出された作品は韓国、チェコ、バスク、クレオールと、いずれも英米文学以外のまだまだ日本ではマイナーな国にルーツをもった文学たち。(選考委員たちが翻訳した作品を除外している事情もあるとして。)

 

それらの作品の翻訳を手掛けた、まさに旬な翻訳者たちが、編者である藤井光さんを中心に集い、各々の翻訳論を語った一冊が『文芸翻訳入門』です。

 

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冒頭の藤井さんの章は特に読み応えがありました。みなさんも受験の際に苦戦したであろう英文の下線部訳をフォーマットに、古くは150年前の翻訳作品からはじまり、森鴎外、伊丹十三、村上春樹の翻訳へと時代を追って解説し、時の移ろいとともに進化を遂げてきた翻訳の世界を存分に掘り下げています。例えば、かの有名なポーの「モルグ街の殺人」を1913年に森鴎外が訳したものと、1962年に訳された谷崎精一のものを比較し、直後訳と意訳のバランスを論じ、村上春樹訳のレイモンド・カーヴァーを挙げ、それまで「忠実になぞる」ものであった翻訳が「対話する」という関係に打って変わったことを解説しています。誰もが知る有名な訳例をもって、どの分野の翻訳においても当てはまるような、わかりやすく、興味深い導入となっています。

 

今、書店に並んでいるものが新しい訳なのか、半世紀前に訳されたものなのか、注意深く読んでいる読者はそれほど多くないはず。前に読んだ本で、コピーライターの鈴木康之さんが「翻訳は色眼鏡を通すこと」だと書いていたような記憶がありますが、普遍的なはずのひとつの文学作品が、その色眼鏡の数だけ、その時代や翻訳する人によって見え方が変わってくるという点にこそ翻訳作品を読むという醍醐味があるのではないでしょうか。祖父と古典文学の話をし、遠いフランスの友人と片言の英語でクンデラの作品について語り合う。そこにある共通言語はいつだって文学でした。そんな自身の経験を思い出しつつ、ひとりでも多くの人にこの本が届くようにと願いながら、この文章を書いています。

 

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現在、書店内の一角にて、『文芸翻訳入門』を中心に据えたフェアを開催中。目印はヴィンテージの旅行鞄です。ご来店の際は、ぜひお立ち寄りください。

 

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(鎌田)