恵文社一乗寺店 スタッフブログ

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今週の新入荷、6月第5週

今週の新入荷、6月第5週をお届けします。

 

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今週まずご紹介するのは、1800年代後半に生きたアイルランド系アメリカ人の測量技師、マーク・ポインターの『造物記』。新大陸を目指し航海を開始したもののやがて難破してしまう船に居合わせた彼が漂流の末たどり着いた未知の島。そこで見た不思議な動植物の数々や、スナ族とウブ人というふたつのコミュニティのそれぞれに奇妙な慣習や高度に発達した文明を記述した、消失したものと思われていた漂流記の写本を、紙屑蒐集家の森田晃平さんが偶然見出し、翻訳出版。というその経緯こそがフェイクであり、すべては翻訳者を名乗る森田晃平さんによる創作であるという異色のリトルプレスです。

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なぜこのような手の込んだ創作物を出版するに至ったのか、その理由はぜひ実際に本書を開いて確かめていただくとして、本書の何よりの魅力は架空の書物を創作する(でっち上げる)ことへの作者のこだわりと情熱が、紙メディアそのものの隅々に至るまで発揮されていること。架空の出版社に架空の書誌コード、冊子に巻かれた帯の推薦コメントを寄せている有名人までも架空で、架空であるがゆえにそのコメントには複数のバージョンが存在するという徹底した自作自演ぶり。子どもの頃に空想や妄想をたっぷり詰め込んだ新聞を創作したことがあるような人々にとってはたまらないであろう何とも楽しい仕掛けが詰まっています。

 

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森田晃平さんのリトルプレスは今回その他にも2種類が入荷しています。美術やデザイン、文学や映画などのカルチャーに、博物学や民俗学など学術的な側面も含みながら、広範な知識を背景に「切手」の魅力を数編のエッセイとコラムで紹介する『切手小論』、その歴史や用語集、表現の系譜や個人的な記憶などを交えながら、人間とは切っても切れない「賭け」について論じた『賭博夜学』。

いずれも通底するのは、ひとつのフレームを設定し、あらゆるジャンルや時代や場所を横断的に経巡る圧倒的な博覧強記ぶりと、一見バラバラに受け止められるはずの知識や情報を繋ぎ合わせるエディターシップの素晴らしさ。読みながら、それが実用的であるか否かを判断する以前に何かを「ただ知る」ということの純粋な歓びを感じずにはいられません。

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一冊ごとに実際の切手が貼り付けられていたり、花札が貼り付けられていたりと、リトルプレスらしいこだわりが感じられる作りも素晴らしく、イラストやレイアウトなどアナログでありながら行き届いた美意識が反映された紙面にもぜひ注目してみてください。

 

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イタリア出身、ベルリン在住のアーティスト、イングリッド・ホラによる『JOMOHOMO』。「Social cement(=社会的結合)」と人々との関係性をその制作のテーマにする彼女が、「なぜ私たちは何もしないための余暇で、何かのアクティビティをしたがるのか」という疑問を着想として制作してきた様々な奇妙な遊具や健康器具のようなオブジェ、それらを用いた展覧会の様子や創作活動に関する対話などを収録したアーティストブックです。一見、まったく用途不明なオブジェの数々は彼女のクリエイションのユニークさを示すと同時に、個々の時間さえ社会的な関係性の中に埋め込まれている現代人や現代社会の成り立ちそのものへの問いをも提示します。

ページ番号はなく、一冊を通じて一日が過ぎてゆくというコンセプトで、全ページに時間を刻む時計が表示されています。そのため、夜明けを迎える時間までを表現した最初の数ページではしばらく暗闇が続くという珍しい仕掛けが。合皮のようなカバーの手触りと光り輝く加工が施された表紙は、ロンドンのデザインスタジオ、Abakeによるデザイン。エディションは365という貴重な作品集ですので、気になる方は是非お早めに。

 

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 香港の独立系写真出版社「brownie publishing」より届いた『眩點・視點』。香港でコマーシャルフィルムなどを制作するクリエイター、賴憶南(ライ・イー・ナン)による写真集です。

香港の都市部を遊歩しながら写真家がカメラを差し向けた先に存在するのは、点と線と面から構成される都市の景観と、時代の流れのなかでやがて過ぎ去ってゆくであろう風物、そのなかで漂う都市生活者たちの姿。道行く人々の印象的な後姿や、ガラスで区切られた内部に向けられた視線にガラスが反映した外部の景色が写し込まれた作品群など、繰り返されるモチーフのなかに作家特有のパースペクティブが見て取れます。人々の視線を誤誘導するガラス張りの都市の行き過ぎた近代化をナンセンスな笑いに昇華したのはジャック・タチでしたが(ex.『プレイタイム』)、本作において一枚のスナップにまるで多重露光のように彼此の光景を写し込ませる写真家の手つきからは、現代都市に特有の美しさを見出す詩情のようなものも感じられます。

 

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現在、書店では本書のパネル展も開催中です(~7/14)。香港から送ってくださったプリントの数々、まとめて見るとシックなその世界観に引き込まれます。ご来店の際はぜひこちらもご覧になっていただければ。 

 

その他、病や個人的な悩みなどに書籍を処方する読書療法(ビブリオセラピー)を実践する著者たちによる小説案内『文学効能事典』、11年ぶりの新作を発表したばかりのコーネリアスのアートワークを一冊にまとめた『Cornelius×Idea:Mellow Waves』、暮しの手帖社版が品切れになっていたものの今回愛蔵版として誠文堂新光社より復刊した『イヌイットの壁かけ』、これからの都市のあり様を探求し、ロンドン、香港、渋谷を特集した新創刊の雑誌『MEZZANINE』なども入荷しています。

 

それではまた次回をお楽しみに。

 

《今回ご紹介した本》

■『造物記』マーク・ポインター 森田晃平訳/パノラマ諸島社

www.keibunsha-books.com

■『切手小論』森田晃平

www.keibunsha-books.com

■『賭博夜学』森田晃平

www.keibunsha-books.com

■『JOMOHOMO』Ingrid Hora/dent-de-leone

www.keibunsha-books.com

■『眩點・視點』賴憶南/brownie publishing

www.keibunsha-books.com

 

(涌上)