恵文社一乗寺店 スタッフブログ

恵文社一乗寺店の入荷商品やイベントスケジュール、その他の情報をスタッフが発信いたします。

身近な宝石、無名の美。 『にっぽんのかわいいタイル 昭和レトロ・モザイクタイル篇』

 岐阜県多治見市笠原町。たった4キロ四方のちいさなこの町にいま静かな注目が集まっています。その理由は先月4日、この町に多治見市モザイクタイルミュージアムが開館したこと。そして、その開館に足並みをそろえて出版されたのが今回ご紹介する一冊、加藤郁美さんの『にっぽんのかわいいタイル 昭和レトロ・モザイクタイル篇』(国書刊行会)です。ミュージアム開館と本書の出版に先がけ昨年から全国数か所を巡回した「昭和レトロタイル 本と博物館の予告編展」は今年4月に当店ギャラリーでも開催され、貼板に並べられた色彩豊かでデザイン性に富んだモザイクタイルの壮麗な美しさに、懐かしさとともにあらためてその魅力を再発見したという方もたくさんおられたことでしょう。

 

f:id:keibunshabooks:20160701183405j:plain

 

 さて、いよいよ届いた本書のページを開けばまず目に飛び込んでくるのは、モザイクタイルミュージアム所蔵の、美しくバリエーション豊かなデザインのタイルをおさめたカラー写真の数々です。思わず舌の上で転がしたくなるキャンディのようにポップな色彩のものから、可愛らしいクローバー形、女性的な丸みのあるラインを描くもの、シックでモダンな六角形、釉薬を用いて描かれた機微あふれる水紋を映すもの、パズルのように組み合わされることで全体のデザインに統一性を見せるものなど、巻頭から40ページほどを割いて紹介される昭和30年代のタイルは実に多様で、目をよろこばせるものばかり。およそ言葉では再現できないその魅力をたっぷりとおさめた写真の連続に胸が躍ります。

 

 f:id:keibunshabooks:20160701183819j:plain


 また、本書を彩るタイル写真はこれだけに収まりません。ミュージアムを飛び出し、笠原町から日本全国に、時に海を越えて海外にまで広がったタイルを追って、銭湯、美容院、劇場やかつての歓楽街など、タイルのある風景が残る各地の街を訪ね歩き、その風景のなか現在も暮らす人々に取材した4章もまた、その場所に流れた時間と現在の空気を伝えるガイドブックとして、旅行記として、大いに楽しめる構成となっています。本章では京都からも左京区の柳湯、上京区の桜湯、東山区のタツノ建材ビルなどが紹介されています。

 

 f:id:keibunshabooks:20160701183743j:plain

 

 豊富で質のいい土に恵まれた笠原町は、そもそも茶碗など製陶業の盛んな町。この町で、最盛期には国内シェアの80%を担い、海外にも大量のタイルを出荷することを可能にした美濃焼モザイクタイル(乾式磁器質施釉モザイクタイル)を創製したのが、昭和のはじめ、当時若干23歳の山内逸三という青年でした。数多くの資料に当たり、それらを丹念に読み込みながら、モザイクタイルの誕生と山内逸三の来歴を追った2章は、本書の大きな仕事と言えます。

 15歳から21歳の時期をここ京都で過ごした山内青年は、国立陶磁器試験所に学び、製陶所の工場長を務めながら夜学でデッサンを学んだのち、関西美術院に入学。同じ年には京都・大山崎の「聴竹居」で知られる木造モダニズム建築の大家である藤井厚二の京都帝国大学建築科研究室所員となり、書生のようにして彼と交流を結びます。木造モダニズムと装飾タイル。一見結びつきにくいように思える両者ですが、試行錯誤を重ねる科学であり技術である陶磁器に藤井はつよい関心を抱いており、1930年前後の工業製品化が進む時代の流れの中で、美と大量生産を両立させるためには釉薬研究と機械合理化を進めることが必定であるという論理的支柱を山内に与えたのもじつは藤井その人でした。二人の交流と、陶工や建築家、美術工芸家らが集った当時の京都の雰囲気が著者の丁寧な筆致で伝えられます。

 また本章では、昭和建築の傑作である甲子園ホテルや大阪瓦斯ビルと山内とのあいだにある繋がり、そして、あるひとつの美しい邸宅と彼との知られざる繋がりも記されてゆきます。そこで初めて発見された山内の仕事の美しく細やかなこと!ぜひ本書を手に取って彼の仕事の大きさを確かめていただきたいと思います。

 笠原町は現在もタイル産業の盛んな街ですが、いまではもう作製されなくなったタイルも多く、ひと昔まえには民家の軒先や風呂場で日常的に目にされていた美しく可愛らしい馴染みの昭和のタイルは今や、ある時代の産業と意匠がそっくりそのまま封じ込められた貴重な文化遺産となりつつあります。とは言っても、街を歩けば、まだまだモザイクタイルは路傍に息づいてます。この一冊を片手に街へ出れば、ひとつの町とその産業がこの国にもたらした身近な宝石、無名の美はより一層親しみやすい輝きでわたしたちの目に映りはじめることでしょう。

 

  

 現在、ギャラリーアンフェールでは『にっぽんのかわいいタイル 昭和レトロ・モザイクタイル篇』出版記念ミニフェアを開催中です(〜7/8まで)。著者の加藤郁美さんからお借りした各地のモザイクタイルのある街の風景写真を展示し、4月の展示でも大好評だった「タイル潮干狩り」、ミニタイルセットの販売なども。ぜひ、書籍とあわせてお楽しみください。

 

f:id:keibunshabooks:20160701185949j:plain

 

(涌上)