恵文社一乗寺店 スタッフブログ

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本紹介:横田創『落としもの』(書肆汽水域)

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横田創という作家がいます。

 

群像の新人賞を2000年に受賞し、その後、ぽつぽつと3冊の本が刊行されるも、いずれの作品も現在は絶版となっています。察するに、この作家に触れる機会に恵まれた方は多くはないはずです。といいながら、私も最近になってその存在を知った新参なわけですが、今回は先日刊行された短篇集をご紹介します。

 

最初にその名と文章に出会ったのは、昨年フィルムアート社から刊行された『エドワード・ヤン 再考/再見』への寄稿でした。リマスター版の上映によって、時を経て、再び多くの日本人の目に触れることとなったエドワード・ヤンの映画。彼の幾つかの作品を挙げ、〈女性〉あるいは〈異性〉を切り口にまとめられた考察をよく覚えています。

 

横田創という作家とその作品が自分の中で繋がったのは、そのもう少しあと。今年の一月に刊行された短篇集『落としもの』は、書肆汽水域という個人版元から出版されました。年末に汽水域の北田さんからメールをいただき、一緒にお茶をして、今回刊行された本についてご案内いただきました。

 

紙を束ねたゲラの状態で読んだ表題作の「落としもの」は、他人の行動や発言を看過できない、生き辛さを抱えた女性が主人公の一篇。たとえば、前を歩いている自分とは何ら関係のない人が落としたポケットティッシュをすぐに拾って渡したり、本屋の絵本売り場にひとりでいる子供に声をかけ、その親を咎めたり。その度に、怪訝な顔をされ、漂う気まずさも彼女にはその原因が自分にあるとはわからない。善意や正義というものは相対的なものであって、向けられた側にとっては往々にして迷惑なものとしかなりえず、そして、この渦巻くような後味の悪い感情は、社会に接していれば誰しもが、大なり小なり経験するものだと思います。そんな私たちにとって、寄り添うような、嬉しいような、悲しいような作品です。

 

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『落としもの』に挟み込まれた小さな冊子。そのなかには「落としもの」の補助線 〜あわせて読みたい3冊〜という項目があり、発行・編集者である北田さんが考える副読書が紹介されています。

 

『レンブラントの帽子』バーナード・マラマッド(夏葉社)

『目に見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗(光文社)

『あなたは、なぜ、つながれないのか ラポールと身体知』高石宏輔(春秋社)

 

小説の副読書として挙げられた3冊のうち、2冊がノンフィクションというのは珍しいかもしれません。話をあわせるわけではなく、仮に私が副読書をたずねられたとしても下の2冊は候補に考えたと思います。それだけ、人間というものの抱え込んでしまう生き辛さというものが存分に表現された作品群となっています。

 

刊行から少し時間が経った今、当店でも手にとっていただけることが増えてきました。書店員としての顔も持つ代表が立ち上げた個人出版社から、自分が読みたい、売りたいという思いから文芸書を発行するという潔さ。実際に手に取られる読者の皆様にとっては関係のないことではありますが、その心意気に拍手を送るような気持ちで、ぜひおすすめしたい一冊です。

 

(鎌田)

 

www.keibunsha-books.com