恵文社一乗寺店 スタッフブログ

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今週の新入荷、10月第1週

そういえばラジオの原体験といえば、父親と車で聞いた野球中継だったかもしれません。ラジオに限らず、父親がスポーツ中継ばかり見たがるのを小さい頃不思議に思っていましたが、歳を重ねるにつれて自分もそうなってきました。とくにラジオで聞く野球実況は形式美というか、情緒をしみじみ感じます。今回はラジオ野球を特集した文化系野球雑誌「屋上野球」もご紹介しています。

 

それでは、今週の新入荷、10月第1週をお届けします。

 

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まずご紹介する一冊は、九州の伽鹿舎という出版社から発行された『抄訳 アフリカの印象』です。建築、音楽、文芸、あらゆる枠にまたがり活躍する坂口恭平さんが、レーモン・ルーセルの奇書「アフリカの印象」にインスパイアされ描いた百のドローイングに新訳を付した抄訳版。新しい訳はエミール・ゾラらの翻訳を手掛ける国分俊宏さんです。

 

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「アフリカの印象」で、ルーセルの想像の世界として描かれたアフリカの姿は、仔牛の肺臓製レールを辷る奴隷の彫像や、催眠状態を利用して海の中に長く潜り続けようとする者など、珍妙なものが数多く登場し、その淡々とした言葉の運びで語られる世界は一見無機質なようにもみえます。それを国分さんはあとがきで「機械仕掛けのような」と表し、平凡社ライブラリー版「アフリカの印象」であとがきを書いた作家保坂和志は、「博物学や物理学」に喩えました。

 

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そのまさしく機械仕掛けのような文章から想像する世界がいかに鮮明に見えるかというのが本作の醍醐味といえますが、今回の抄訳版ではそれが坂口さんのドローイングによって可視化されているわけです。とぼけた魅力のある挿画は、まさに語り手が想像のアフリカを旅した際にスケッチした記録のように見え、これまでと違った面白さを生んでいます。また、邦訳とフランス語の原文が併記されており、ルーセルがいかに言葉と遊んだか、目で見て取れるなかなか類を見ない構成です。この言葉遊びという面では、いとうせいこうによるあとがきに詳しく書かれています。難解な作品としても名高い「アフリカの印象」、かつて手に取り挫折した方にとっては良き手引きとなりそうです。

 

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アートとコミュニケーションをテーマにユニークな美術教育を行っているきだにやすのりさんによる一冊『ずこうことばでかんがえる』です。青、赤、黄、色の原色に彩られた本紙にあいうえお順に並んだ全てひらがなの言葉の数々。「からだぜんたいでたのしむ」「しろとくろをはっきりさせずにまつ」「たのしいとおもえたらそれでじゅうぶん」…、実際に図工の時間や遊びの中で経験し、目で見て、耳で聞いたような、自分の体の中に落とし込まれた言葉を表したきだにさんによる造語をこちらの本では「ずこうことば」と呼んでいます。子供に挑戦することや自らの手で何かを創造する楽しさを諭しながら、我々大人にも何か語りかけるような示唆に富んだ言葉が優しく届く一冊です。

 

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編集者の林さやかさんがひとりで立ち上げた小出版社「編集室屋上」から発行される文化系のための野球雑誌『屋上野球』久しぶりの新刊です。vol.3となる今回の特集は「野球は、ラジオで。」、球場でもなく、テレビでもなく、ラジオ。ラジオ野球と聞くと、どうしても懐かしさを覚えますが、今号で特集されているのはあくまで今のラジオ野球事情です。萩原魚雷、木村衣有子らによる座談会、安田謙一の寄稿、鉄人・衣笠へのインタビュー、盲目のカープファンスーダン人とスポーツ実況のアナウンサーの対談など、愛に溢れた記事が並びます。アナウンサーの声に身を委ねて、想像を膨らます。ラジオで聞く野球実況の楽しさを改めて伝える一冊に。

 

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京都在住の写真家・呑海龍也さん。教会などの巨大な建築の設計を手掛ける建築士として普段は活躍されています。自ら出版した前作の写真集では、ドアノーや木村伊兵衛の写真にも似た雰囲気を持つ、人物の自然な表情をとらえたポートレートが魅力的でした。今回制作された『ホテルから始まる夢の旅』は、呑海さんが15年かけて旅した世界の国々を、写真と宿泊したホテルの実測スケッチで記録した一冊です。こちらでも写真のモチーフは人物がメイン。祭の賑わいや、露店、路地裏で遊ぶ幼い兄弟の姿…、そこに住む人々の息遣いが聞こえてくるようです。そして、かつて妹尾河童が描いたような俯瞰で見るホテルの一室。自身の建築家としてのスキルを存分に活かしながら制作された、旅の本です。

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 それでは、今回はこのあたりで。

来週もお楽しみに。

(鎌田)

 

〈今回ご紹介した本〉

■『抄訳 アフリカの印象』レーモン・ルーセル 絵:坂口恭平 訳:国分俊宏(伽鹿舎)

www.keibunsha-books.com

■『ずこうことばでかんがえる』きだにやすのり(HAB)

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■『屋上野球 vol.3 野球はラジオで。』(編集室屋上)

www.keibunsha-books.com

■『ホテルから始まる夢の旅』呑海龍也(DOM PHOTO)

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