今週の新入荷、8月第4週をお届けします。
“ラシカルガイプ(コワール語)”=「一過性の妖精の大群」
”ボロソコモダップ(ドホイ語)”=「莫大な量の小さな何かが降る」
”ツウォホ(ツィムシアン語)”=「寝る前におやつを食べる」
”イヨマンテ(アイヌ語)”=「熊祭り、熊送り儀礼」
今週まずご紹介する一冊は『なくなりそうな世界のことば』。『翻訳できない世界のことば』『誰も知らない世界のことわざ』など、文化に密接に関わった世界の言語のそれぞれの特異性をイラストとともに紹介するシリーズに新たな定番として連なるような一冊が、前述の2タイトルを出版する創元社より新たに届きました。
今回は少数言語がテーマ。国立民族学博物館に勤める言語学者の吉岡乾さんが、世界の様々な少数言語を研究する人々の協力を得て、それぞれの土地の環境や受け継がれてきた生活などの文化背景が色濃く反映された50の単語を選び、紹介してゆきます。
例えばこちらは、インドネシアのフローレス島とその周辺の島々で話されているラマホロット語の「デゥバッ」という単語。「手で触ってみるなど触覚を利用して何かを探す」という意味だそうです。この言語が話されている村々ではまだ電気のインフラが整っておらず、何かを探すときに視覚を頼れないため、必然的にこのような言葉が生まれてきたという背景を知れば、その単語の特異性から生活文化そのものにまで関心は広がっていきます。
それぞれの言葉の意味する状況や場面、そこから膨らむイメージをイラストに描いたのは当店でもおなじみのイラストレーター、西淑さん。牧歌的で美しいそれぞれのシーンがより一層その言語や場面を親しみやすく感じさせてくれます。添えられたキャプションはそこまで詳細なものではなく、イラストは一語に対して一枚のみというシンプルさですが、だからこそ、それぞれの慣習を思い浮かべたり、そこで暮らす人々の実感に読み手が入り込む余白のようなものが用意されているように思えます。
ページを開きながら、これまで考えたこともなかったような世界の暮らしとそこで生きる人々に思いを馳せていただきたい一冊です。
書店員の傍ら、イラストレーターとしても活動する長谷川朗さんの初の絵本『おはよう』も今週の入荷。ポップなカラーリングで描かれた丸や三角、四角。シンプルな図形を繋げたり、増やしたりと様々なバリエーションで組み合わせながらストーリーを展開する長谷川さんの絵本。
画像では少し分かりにくいかもしれませんが、方眼紙にアクリル絵の具で手描きされたイラストからは、ペンの辿った跡、手の動きまでがありありと見えてくるよう。その色彩感覚や発想の自由さに作家の人柄がそのままに現れているようで、眺めていてとても気持ちのいい作品です。
長谷川さんのリトルプレスはこの他にも、往年の名作絵本のような表紙が目印の作品集『まるさんかくしかく』も同時入荷しています。単純な図形の組み合わせに無限の自由と愛着を感じさせてくれる魅力的なイラストレーション。こちらもぜひ。
国際的写真家集団「マグナム・フォト」正会員を務めるアメリカ人フォトグラファー、アレック・ソス(Alec Soth)が2004年に発表した作品集『Sleeping by the Mississippi』。
ミシシッピ川沿いのロードトリップで出会った人々のポートレートや風景、建築物など、アメリカそのものでありながらその内実に知られざる要素を多分に含んだ「サード・コースト(第3の海岸)」を社会学的、地理学的に捉えた写真群。2004年のSteidl版は2000年代を代表するコンテンポラリーフォトブックとして誉れ高く、長らくその復刊が待望されてきました。そのSteidl版を踏襲しつつ、新たに未収録作品なども加えた復刻版がイギリスの写真出版社MACKより待望の入荷。
ロバート・フランク『The Americans』やウィリアム・エグルストン、ウォーカー・エヴァンズらアメリカのロードトリップフォトの系譜に連なり、社会の中で生きる人間の内面の寂寥を印象的に写真に刻んでゆくそのスタイル。ドキュメンタリー性と詩的な感性を内包した美しき現代の肖像をぜひ手にとってご覧いただければと思います。
また今回、2015年にロンドンで開催されたソスの展覧会でリリースされたポストカードブック『Gathered Leaves Postcards』も同時入荷しています。ソスの作品集4作から選ばれた28枚を封入した美しいボックス仕様で、もちろん『Sleeping by the Mississippi』の印象的なショットも含められています。こちらもあわせておすすめです。
最後は書籍ではなく、音楽ソフトをご紹介。
ポルトガルの国民的詩人、フェルナンド・ペソア(1888~1935)。アルベルト・カエイロ、リカルド・レイス、アルヴァロ・デ・カンポスなどの異名を持ち、複数の独立した詩人として詩作したこの作家の作品に、同じくポルトガル語圏のブラジル・ミナスのシンガーソングライターデュオRanato Motha e Patricia Lobatoが曲をつけて歌った2枚組のCD"Dois em Pessoa"(2004)。2000年代のブラジリアン・ミュージックを代表するこの名盤の第2弾"Dois em Pessoa volume Ⅱ"が13年ぶりにリリースされ、当店にも入荷しました。
前作の構成を忠実に引き継いだ2枚組で、簡素な語句の繰り返しから構成されるペソアの詩作の音楽的な響きを、芳醇なハーモニーと豊かなメロディで彩った清涼感あふれる美しい作品です。夏の終わりから秋に至るこの時期にもぴったりなサウンド。ぜひ店頭やウェブショップで一度試聴してみていただければと思います。
その他、善行堂の山本善行さんが撰者をつとめた夏葉社の新刊、"忘れられた作家"埴原一亟(1907-1979)の古本小説集、石川直樹さんが編集長をつとめ知床の知られざる魅力を写真を通して伝える『SHIRETOKO!SUSTAINABLE』の1号、ファッションブランド「ホームスパン」から届いた、『装苑』の連載「シネマ・コラージュ」のイラストでもおなじみの中川清美さんの水彩画集『WATERCOLOR PAINTINGS』、佐藤文香さんが編著をつとめ68年以降生まれの俳人たちを紹介した現代俳句案内の決定版『天の川銀河発電所』などが入荷しています。
またこちらは再入荷ですが、オランダのアーティストBruno van den Elshoutが水平線を収め続けた実験的な写真集『New Horizons』から生まれた同名ポストカードブックの新装版もオススメです。
それではまた次回をお楽しみに。
《今回ご紹介した本》
■『なくなりそうな世界のことば』著・吉岡乾 イラスト・西淑/創元社
■『おはよう』長谷川朗
■『Sleeping by the Mississippi』Alec Soth/MACK
■"Dois em Pessoa Vollume Ⅱ"Renato Motha e Patricia Lobato
(涌上)