恵文社一乗寺店 スタッフブログ

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今週の新入荷、8月第2週

今週の新入荷、8月第2週をお届けします。

 

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 2017年、創業60年を迎えた長野県の霧ヶ峰高原沢渡に佇むクヌルプ・ヒュッテ。今週まずご紹介するのは、小屋主人の松浦夫妻や常連としてこの場所に集う人々へのインタビューを通じて"クヌルプ"の60年の来歴と高原の豊かな日々を描き出した『山の家 クヌルプ』です。

夫妻がそれぞれに生き延びた太平洋戦争にまで話は遡り、そこから読書を通じた出会いや、やがて始まった山小屋での日々、居候や宿泊者たちの記憶、屋号の由来でもあるドイツの作家ヘッセのことや読書のこと、高原の美しい四季や手仕事のことなどを丁寧に辿ってゆくテキスト。30年来この場所を訪れ続けるという東京の編集出版事務所・エクリが、一宿泊者としてあらためて聞き出した夫妻の来し方と豊かな年月の物語は、隅々まで磨き上げられた木造の山小屋に流れた懐かしい時間を生き生きと描き出します。

テキストの合間の20のカラーページでは、山や自然をテーマに写真を撮る野川かさねさんが撮り下ろした雰囲気たっぷりのクヌルプの様子、山小屋主人が語った「理想の山小屋」を描いた伊藤弘二さんの挿絵なども掲載されています。この場所を愛する人も、初めて知る方も、ぜひ60年の来歴をともに回想しながら、3年に及んだというインタビューから生まれたこの美しい一冊を紐解いてみてください。

 

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伊丹市立美術館で現在開催中(~8/27)、画家・O JUNと彫刻家・棚田康司による2人展の公式図録『O JUN×棚田康司 鬩(せめぐ)』。これまでにも二度にわたる2人展を開催し、互いの作品を通じた20年来の交流を続ける両者による、三度目となる"一騎打ちの鬩ぎ合い"を実現した展覧会場の様子を収めた作品集です。

それぞれに18歳頃に制作していた自画像や、お互いの子どもの頃の写真を交換して制作した作品など、記憶や自画像を巡る「わたし×わたし」、素材も道具も次元も異なるそれぞれのシリーズ作を一つの空間で重ね合わせた「絵画×彫刻」、アトリエを共にした6日間の制作合宿で共有した互いへの質疑応答ノートとともに近年の作品を展示した「O JUN×棚田康司」。3セクションからなる展覧会の作品群を収載したこちらの一冊。制作合宿では、同じ女性モデルをO JUN氏はキャンバスに描き、棚田氏は丸太からその立ち姿を掘り出したりと、モチーフをともにすることで生まれる緊張感や互いの差異に豊かさを見出す試みも展開されました。手を動かし、そこに感触を確かめながら制作に向かう二人の作家を小説家の視点から捉えた滝口悠生氏が寄せたテキスト、作家たち自身が綴った制作に向かう日々の日記なども収録。あらゆる時代に互いに影響を与えあってきた画家と彫刻家の関係性をなぞりながら、各々の制作に打ち込む作家二人の関係性とその軌跡はものづくりを行う人々にとって大いに刺激となるのではないでしょうか。

展覧会場では会期中にも公開制作が行われています。その道程を振り返りながら制作の現場そのものにも立ちあう機会を設けた展覧会というのは非常に貴重です。この機会にぜひ伊丹まで足を運んでみられてはいかがでしょうか。

 

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 アイルランド出身、カナダ在住のアーティスト、Nigel Peake(ナイジェル・ピーク)。大学で建築を学び、住居、建築物、窓、都市などをモチーフに、緻密な描線で構成されるカラフルで美しいドローイング作品を数多く発表しています。

本書『There』は、2015年におよそ一ヶ月ほど滞在したパリのアパートの部屋の3つの窓から日々眺めていた風景を、そのおよそ一年後、同じパリの別のアパートで記憶を頼りに描いたドローイング集。向かいの建物に並ぶ等間隔の窓やその屋上、中庭に色濃く繁茂する植物や家並みの重なり。青いペンで描かれた印象的な風景の数々。毎日そこに住みつづける、あるいは毎日そこで立ち働くことで場所と人との関係性が日々変化してゆくように、世界を絵画のフレームのように切り取る窓を通じて日々無意識に触れる"そこ"にある景色もまた、記憶の底にゆっくりと沈潜し、いつしか心象化してゆくものなのかもしれません。

Nigel Peakeのドローイングはこのほか、詩的な物語を展開しながら様々な風景をシネマティックに経巡る絵本『In The Dark』も同時入荷しています。いずれも貴重なセルフパブリッシングの作品集ですので、お求めの方はぜひお早めに。

 

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誰もが寝静まった深夜の住宅街。陽の光に照らされた日中とは全く異なる表情を見せる夜の家、他者の生活空間。写真家、山谷佑介が赤外線カメラを持ち歩き、東京郊外の住宅街を撮り下ろしたシリーズを一冊にまとめた作品集『Into the Light』。人々が行き交い、自己と他者の領域が中和される日中ではなく、あえて家々が異物としての存在感を放ち、厳とした隔たりを感じさせる夜の時間に、生々しい他者の領域の奇怪さ、踏み込めなさをそのままに作品として表現しています。赤外線で照らし出されたコンクリートや赤みを帯びた軒先の植物は、夜の時間の妖しさとこの世ならざる夢幻に包まれたような感覚を見る者に残してゆきます。

本書を出版するのは、先月リリースされた志賀理江子『Blind Date』も印象深かった国内の写真出版社「T&M Project」。全ページに袋とじを施した『Blind Date』も素晴らしいブックデザインでしたが、本作もまたコデックスをハードカバーで包み込み、折り込みページも多数採用した丁寧な造本です。

今後どういった作品をあらたに届けてくれるのか、いま最も楽しみな出版社のひとつです。

 

その他、近しい人々の記憶とその庭の草木の記録をテキストと切り絵で表現した濱田久美子さんの植物図鑑『guide to plants』、散策にも便利な折りたたみ式のポスター仕様で緑豊かな多摩丘陵を特集した『murren vol.21 the Tama Hills』、写真家・富谷昌子が自身の故郷とめぐる命のあり様を撮り収めた写真集『KITO』、世代を超えて受け継がれる文学の力を進行形で伝える熊本の文芸誌『アルテリ 四号』なども入荷しています。

 

それでは、また次回をお楽しみに。

 

《今回ご紹介した本》

■『山の家 クヌルプ』エクリ

■『O JUN×棚田康司 鬩』伊丹市立美術館

■『There』Nigel Peake

■『Into the Light』山谷佑介/T&M Projects

 

(涌上)