恵文社一乗寺店 スタッフブログ

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八月の水 4

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熱帯の森に注ぐやさしい雨のような、あたたかい言葉のシャワーで読者の五感を洗う文芸雑誌「八月の水」最新号がついに入荷しました。詩人と旅人の存在を受け入れ励ますべく、2011年に創刊された、詩と紀行文をあつめた小冊子です。春日野の原生林のそばに居を構える詩人、西尾勝彦さんが編集をつとめられ、かれの作品集を多く手がける大阪の小さな出版社、ブックロアさんが発行しています。

このたび初の試みとして、「しずかな生活」と題した小特集が組まれています。おなじみの執筆陣が、来し方の思い出や未来への願いを織り交ぜながら、おのおのの生活の断片を詩情ゆたかに紹介しています。いずれも粒ぞろいですが、とくに心に残るのが、来月で店舗オープン一周年を迎えるホホホ座の一員、山下賢二さんの横浜下宿時代のひとコマを描いた文章です。

高校卒業後、単身、京都をはなれて自活をはじめたころのエピソードで、古い木造アパートでの”明るい孤独”の暮らしぶりが綴られています。知らない街に若者がひとりでいて、物もお金もないながら、自分の脚で立ち生活を築いてゆく満ち足りた感覚がよく伝わります。寄せては返す寂寥の波間をぷかりぷかり漂いながら、かれはぐるりへ目を凝らし、散歩コースの住宅地や港町の盛り場、工場から見上げる空など、しるしを焼きつけるように目なざしだけを残してゆきます。そんな在りし日の刹那々々を振り返る、現在の穏やかな目なざしにじんわりとあたたかさを感じる一篇です。

このほか、旅先の竹富島でぐうぜん参列することになった神事の一夜の光景が印象ぶかい、絵本作家ほんまわかさんのエッセイや、カフェ「絵本とコーヒーのパビリオン」店主、大西正人さんが迷い込んだ、山奥の幻の鉱泉でのあぶくみたいなひとときなど、ページをめくればそこにしか吹かない風が心地よい場所へと読者を誘います。

ノスタルジーや、アナクロニズムといった言葉で消化しきれない、予感の潮風でいっぱいにふくらんだ帆は理想郷への道しるべ。日の光りのみちた海原へ、人の手のささやかなひと漕ぎで漕ぎ出だす朗らかな船出をのんびり楽しんでください。

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来月3日(日)は当店イベントスペースCOTTAGEにて、山下賢二さんの単著『ガケ書房の頃』(夏葉社)刊行を記念して、夏葉社の島田潤一郎さんとの公開対談を開催いたします。

詳しくはこちらをごらんください。

(保田)